開けきれない箱

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進撃の巨人で学ぶ敵という存在

進撃の巨人という作品を読んでいて思った、敵という存在について書こうと思う。

 

ここで書きたいことは、情報統制と思い込みにらよって、争いは起こってしまうということだ。

 

作品を読んでいればわかると思うが、読んでいない人もいると思うので、勝手に日本を舞台にして説明してみる。

 

日本人は魚人(結構強い)になる能力を持っていて、中国で捕虜になっていた日本人が魚人にされ(この時点で意識がなくなる)日本に向かって放たれている。

←国に関して特別な意味はない、わかりやすさに重きを置いている。

 

日本にいる日本人は魚人になる能力が自分にあることが分からず、海から攻めてくる魚人を侵略者と見て敵対している。

さらに中国という存在を知らない。

 

中国は日本人の魚人になる能力が怖くて日本を攻めている。しかし、日本にいる日本人はそんな気はない。

←世界には自分たちしかいないと思っている。

日本は魚人が怖くて敵対している。しかし、本当の敵は中国である。

 

みたいな感じである。

違う部分もあるかもしれないが、それは気にしないことにする。

 

進撃の巨人を見て思ったのは、

これ、戦わなくて良くね?

ってことである。

←決して作品の批判ではない。

 

このことはTwitterなどのSNSでも見ることができる。

限られた文字数(制限された情報)とそれに対する意見(一種の思い込み)、それに同調圧力のようなものとおふざけが相まって、どーでもいい争いが起こっているように思える。

 

もちろん、様々な意見があることは問題ではなく、それによって議論が起こるのは必要なことであり、面白いことでもあるが、誰かを誹謗中傷することではないと思える。

傷つけるのは意見であって、相手そのものではないということだ。

 

久しぶりに何となく書いてみました。ではでは